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苦しみも生きていてこそのギフトだと思う秋の空

近況一筆。 それなりにハードモードな半生を送ってきた私ですが、ここ数年はとみに試練の年で、ともすれば人生に絶望することもできるしむしろそれは簡単なことだけれど、「死ぬこと以外かすり傷」だと知っているので、今日もわりと図太く楽天的に生きられて…

呪いを与えるか、祝福を与えるか

この夏はいろいろな人の生き方や悩みに触れたり、また個人的にも大きな壁や節目を乗り越えることがあり思い至ったことがたくさんあったのだけど、すぐに文章にするのが躊躇われるうちに秋彼岸花の咲き初めまで至ってしまった。 が、生産することを怠ると人間…

夏の午後にはふと本質の扉が開く

私が人と深く関わるときに大事にしているのは、会える頻度の多さとか距離の近さではなく、「一緒に同じ階層まで降りられる人かどうか」なのだと改めて気づく。 それは善し悪しや優劣の話ではなく、もっとシンプルに、ただ信頼して言葉を交わせるかどうかの話…

月の明るさに任せて浮き上がる夜

どんなものでも例外無く必ず、一度は手放すようにしてきたのだと改めて自分の来し方を振り返る。 故に必然的に、本当に大事なものだけを選び直してそういうものに囲まれて今がある。 そんなにストイックに生きんでも、と思わなくもないが、それによって得ら…

NHKスペシャル「私は家族を殺した “介護殺人” 当事者たちの告白」

取材力の高さにいつも感銘を受けながら見ているNHKスペシャル。 7月3日放送のテーマは「私は家族を殺した “介護殺人”当事者たちの告白」。 www.nhk.or.jp 苦しみや葛藤の末に介護殺人に至ってしまい、その多くは現在も服役中、という方々へのインタビューを…

恐れずにうつろえ、という私の信念

己の人格の一番根底にある観念は何かと問われたら、私は思い悩むことなく「無常観」と答えるだろう。 私の生まれた家庭は私が物心つくころにはすでに平穏を喪い始め、長い時間をかけて両親の離婚という形でその終着点を得たのだが、夫婦や家族間の信頼関係が…

自己肯定感を生み出すのは、マジョリティの力ではない

春から夏にかけての時期は私にとって鬼門である。 私の一番好きな季節は終わりさまざまの自然的社会的変化が心身の節々をじわじわと浸食し何をするにもまったくやる気が起こらなくなり、人に会うことは言うまでもなくオンラインの遣り取りさえ面倒になる。 …

住民票おつかいイベントのすべて

この春からやんごとなき事情により、神奈川県から兵庫県に住民票を移すことになった。 戸籍だけは先月移動していたのだが、住民票を移動するのを完全に失念していた。 とある申請に伴って会社へ住民票を提出する必要に迫られようやくそのことを思い出すとい…

花時雨の下で過去の心に再会すること

過去のとある出来事を思い返していて、それが具体的にいつごろのことだったか思い出せず、確か当時のつぶやきで残していたはず…と某SNSの過去投稿を遡っていたら、思い出深いつぶやきがたくさん出てきた。 地獄の業火に焼べたくなる恥ずかしい投稿も数多くあ…

人の幸せで傷つかない自分でいるために

私の周りの友人から、SNSを見るのに疲れた、という話を聞くことがときどきある。 SNSに投稿される、周囲のライフステージの成長や人生の充実している様を見てしまうと、自分の人生の「何もなさ」を突き付けられ、自身の努力不足と責められているようで耐えら…

ひかりのどけき春の日にしづ心なく逍遥すること

風の冷たい日をまだ名残のように残しながらも、いくつかの雨の夜を通過儀礼のようにして、季節は着実に春へと向かっている。 「秋の月はさやけきを賞で、春の月は 朧なるを賞づ」とふるくから言われるが、縹渺たる夜の明かりに象徴されるように、春はいろい…

5年前の5月、宮古を歩いた話

私は大学時代を、岩手県盛岡市で過ごした。 おだやかでのんびりとした街の雰囲気、岩手山と北上川の美しさ、車でちょっと行けば温泉街や自然の絶景を見に行けることなどがとても気に入って、就職先さえあればずっと住んでいたかった場所だ。(当時は就職氷河…

自分と社会双方のために、自分を生かす場所を選ぶべきであるということ

診断士の資格を取って以来、百人単位で知人が増えた。 が、人とリアルで会うとたいへんなエネルギーを消費して会った後は常にぐったりしてしまうのが物心ついたときからの性質である私にとって、人と会う約束をしたり人がたくさん集まるようなところに参加す…

春と修羅

自分が何を許せないか、というのは、己を練磨するものであり、己の弱さを確認するものでもある。 許せないという感情をどう取り扱うかが、自身の心の形を決めるのだ。 なので、美しくない振る舞いに腹立ちを感じようと、そこに己を縛り付けてはならない。と…

白河夜船の漂泊に遊ぶ

人生初のインフルエンザの病床に2月を見送って気づけば3月。 3日3晩熱が下がらず、人間ここまで眠れるのかというくらい眠っていた。 そのように生活のほとんどを眠って過ごしていると、現と夢の境界線がほんとうにあいまいになるのだなあということを実…

頭の中は世界よりもずっと広い

少し前のこの記事がなかなか面白かった。 liginc.co.jp 期待に応えようと考えすぎて、完全に手も頭も止まってしまったんです。もともと自分の性格が頑固なのもあるのですが、「こんな中途半端なクオリティでは恥ずかしすぎて人には見せられない」「自分がな…

一瞬という薬、一生を得る薬

写真を撮るのが好きです。 まだ新卒のひよっこディレクターだったころから色々なカメラマンさんと組ませていただいたり、ディレクションをしたり、ポジの選定(2003年ごろの話ですが、当時はデジカメもまだ普及してなかった。と思うとこの10数年の進化の恐ろ…

葬儀記

100年と5か月生きた祖母の葬儀だった。 戦後間もなくの頃に結婚し、東京は蒲田に居を構え、祖父を泉下に見送ってからは20年以上、痴呆が始まって大阪の伯母一家の近隣施設に移るまで、気丈にひとり生きてきた人だった。 詩吟が好きで、立派な三味線を持って…