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居場所を世代交代させる

雨で外に出かける気が起こらないという誘因によって、ようやく部屋の大掃除をした。

もともと掃除は好きで普段からそれなりの頻度で行っているので、大掃除と言うほど大がかりに手をかけることもなかったが、それでも一年の締めくくりの証として部屋を整えるのは気持ちの面ですっきりする。

 

掃除をしながら改めて思ったのは、空間にも新陳代謝が必要だということだ。

気候などの自然環境がそこに住む民族の気質やひいては文化に影響を与えるということは歴史上の公然たる事実であるが、卑近な例を引けば、私は子ども時代、北向きの日当たりも風通しも悪い部屋を充てがわれ、生活時間の大半をそこで過ごした。

あのときの窓から見えていた暗く寒々とした景色は、自分の望まぬままに原風景となって記憶に残り自分の人格形成にそれなりの影響を及ぼしたわけであるが、それがあまり良い意味ではないということを特に自覚するのが、一人暮らしを始めるようになって、部屋に必ず求める条件の筆頭が、日当たりと風通しが良いということである点においてだ。

 

なぜこれらが重要かと思うに、前述の、新陳代謝が必要であるという考えによるものだ。

有機体はすべてその生命活動として新陳代謝を行う。

代謝を通して新しい物体へ生まれ変わり続けることこそが、その存在が在り続けることの証である。

人間そのものがそのような存在であるかぎり、その相互行為の因果として、人間が存在する場所そのものもまた、有形無形を問わず、新陳代謝をしているはずなのだと思う。

 

たとえば、ある時期までは重要であったものがある時を超えたらその役割を終え、捨てても良い、あるいは捨てるべきものへと変わっていくこと、周辺にあるものの置き場所やレイアウトを変えたくなるようなこと、「まだ使えるから」という理由だけで持ち続けていたものを思い切って一新させるようなことが、自身が生きているからこその移ろいを映す鏡である。

 

有形無形問わず、と前置きしたが、それは目に見えるものに限らず、己の価値観や信条、観念であったり、ものごとの優先順位であったりもする。

 

ずっと変わらず持っているようなものでも、少しずつその役割や意味、心の中の置き場所は変化しているはずなのだ。

 

日当たりと風通しの良さとは、直接的に意味するもの、比喩として示すもの、いずれも代謝を促すうえでの健全な指標やメカニズムの一環である。

 

よりよい代謝は、適者生存の法則の中においても有効だ。

コミュニティにおいて適切な周期やタイミングで世代交代をさせることは、その組織を維持発展させていく上で避けては通れない義務である。

個人に翻っても、自身がよりよい代謝をし、よりよい存在に生まれ変わり続けていくためには、固定化させてしまいがちなものに対しては意識して世代交代を促していかなくてはならない。

大前研一氏の有名な言葉に以下があるが、

 

人間が変わる方法は3つしかない。1つ目は時間配分を変えること。2つ目は住む場所を変えること。3つ目は付き合う人を変えること。どれかひとつだけ選ぶとしたら、時間配分を変えることが最も効果的。

 

このような具体性をもって、何を変えるのか、何を変えないのかに対して自覚的であることが、自身が生まれ変わり続けた先に何が見えるのかにつながっていくのだと思う。

変化は当然リスクやコストを伴うものであるが、犯したリスクやかけたコストの分だけ得られる成果が確実にあるのが、ビジネスと人間との違いだと思う。

 

私は今年、身の回りにおいて有形無形あらゆる面で、多くの世代交代をさせた。

それによって自分自身が受け取るものがどう変わり、どんな新しいものを渡せるようになるだろうかと、雨上がりの日差しと風に心地よくあたりながら、少し楽しみな気持ちで思った。