本当に大切にしたいことだけを大切にする、その美しさを思う
母の家から父の家へ年始巡りをした後に兄一家とも別れ、ひとりふらっと地元を散策してきた。
姪っ子が別れ際にプレゼントをくれた。
兄と義姉いわく、すっかり私に懐いたとのことだったが、
「もうお別れなの…?」
という寂しげな顔の後、
「YouTubeが観られなくなっちゃう…」
と呟いていたので、ただのYouTubeの人と思われている可能性が高い。
(兄夫婦は私のPCで観るのは許可していたものの、普段は積極的には観せてはいなかったようである)
せっかく生まれ故郷に帰ってきたので、地元の一ノ宮にお参りしてきた。
私の名前はここで命名していただき、高校時代はここで巫女のアルバイトをしていたので、そのぶん上乗せされて懐かしい。
アルバイトは年末年始はひたすら神楽を舞わねばならず大変でした。うっかり深夜シフトになったときは睡魔との戦いでした。
お参りにあたり今年の目標を何にしようか今朝から考えていたけれど、ここに来るまでにようやく腹が座った。
多くを欲張らず、たったひとつの叶えたい目標を決めたのであった。
難易度はかなり高めだけれど、自分の持てるリソースを集中させて、毎日地道に一歩ずつ形にしていきたい。
神社からさらに足を延ばして、長らく再訪したかったところへ向かう。
お正月らしいおだやかな冬晴れの下。
何気ない道の何気ない陰影に追憶が重なる。
時々、蜂にびびりつつ。
この川を数百メートル下れば、九十九里浜に辿り着く。
と言っても別にここから泳ぐわけではなく、橋を渡ってさらに歩く。
40分ほど歩いて、ようやく目的地に到着。
地元で一番好きなカフェ、KUSA.である。
ドア横のお正月飾りが素敵であった。
店内は写真NGなので撮っていないけれど、内観も素晴らしい。
静かに珈琲を楽しむためにつくられた、静謐という言葉が一番似合う、美しい空間。
多くを欲張らず、本当に大切にしたいことだけを大切にする、という私自身の今の理想と重なって、過去に来た時よりさらに琴線に触れた。
深煎りブレンドとラズベリーソースのパンナコッタをいただく。
心の奥深くに澄んだ空気を送り込むような味わいでした。
やはり珈琲は、淹れる人の心映えが味わいに出ると思う。
おみやげを買って、帰途に就く。
空が広いので、夕焼けが世界を覆い尽くしていくのがよく見える。
私はかれこれ5年くらい、生まれ故郷に帰ってきていなかった。
今回は色々な要因が重なった流れで図らずも帰ってくることになり、正直に言えば鉛を飲んだように重苦しい気持ちであったが、これもそういうタイミングなのかもしれないと思った。
そして今、結果から言えば、帰ってきてよかったと思う。
昨年から向き合ってきたことと因果が確かにつながって、明らかにこれまでとは違う気持ちでここに立つことができた。
100点満点ではないけれど、少しでもそう言える結果にできた自分を素直に言祝ぎたい、と思った。
そして、どんなきっかけも縁も、どんなふうに捉えようと、たったひとりの自分に与えられたギフトには相違ないのだ、と思った。
与えられたギフトをどう活かすか、何のために活かしたいのか、が自分のなかで明確であればあるほど、それがどんな小さなものであっても大切にできるのだと思う。
私の場合は、今年の目標として定めたことただひとつのために。
あのカフェのように、本当に大切にしたいことだけをちゃんと大切にするために。
三日月の横に金星が寄り添うようにして強く輝いているのが、駅のホームから見えた。